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【夜葬】 病の章 -44-

公開日: : 最終更新日:2017/10/03 ショート連載, 夜葬 病の章

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鉄二は酩酊していた。

 

 

足元はふらつき、まともに立っていられない状態だった。

 

 

にも関わらず、鉄二は何度もつまずき、転びながら夜の鈍振村を歩いた。

 

 

目的は決まっている。

 

 

ゆゆの家だ。

 

 

ゆゆの家に行き、ゆゆが子供と眠っているところに忍び込んで子供だけを殺す。

 

 

簡単なことだ。

 

 

ぼやけ、視界がぐるぐると回る中、微かな理性がそう言い聞かせる。

 

 

――そうだ。俺がやることは簡単な事。酔っぱらっていたって造作もない。

 

 

実際は酒の力を借りなければ正気を保っていられない。

 

 

彼の思考とは真逆の発想だった。

 

 

なにしろ鉄二が今から行おうとしているのは人殺しだ。

 

 

いくら過去に赤ん坊を殺したとはいえ、あれははなから殺そうと思ってやったことではない。突発的な激情の歯止めが利かなかっただけだ。

 

 

自らの力では生きていけない、脆く小さな存在。

 

 

ほんの少し鼻と口を塞いでやるだけで簡単に事切れる命。

 

 

それをわざわざ殺しにきてやっているんだ。むしろ光栄なことだと思って欲しい。

 

 

虚構と現実の間を何度も行ったり来たりしながら、いよいよ鉄二の論理も破綻していた。

 

 

夜は暗い。

 

 

それでも外の人間が新しいものを入れたおかげで、昔よりも暗黒というわけではなかった。

 

 

ところどころに松明があったのだ。

 

 

その灯りを頼りにしてゆゆの家を探す。

 

 

途中で足を踏み外して田に落ち、畑に顔を突っ込んだ。

 

 

泥と土だらけでふらふらとうろつく鉄二は、傍から見ればもやは妖怪のそれに近かった。

 

 

「敬介を……敬介を殺さなければ」

 

 

鉄二は死に囚われていた。

 

 

船坂のひとことが引き金になったのか、それとも潜在的に危険を感じていたのか。

 

 

酩酊状態の鉄二にその判断はできない。

 

 

だがこの状態だからこそ、純粋に『目的』だけを完遂させようとしている。

 

 

この村で狂っているのは自分ひとり。

 

 

その事実をうやむやにしてしまいたいと言わんばかりに。

 

 

 

通常なら徒歩10分程度のゆゆ宅まで、実に1時間近くかけてようやく妖怪・鉄二はたどり着いた。

 

 

彼がゆゆ宅を訪ねるのは初めてだったが、いりくんだ道など皆無の単調な村。

 

 

大体の場所さえわかれば辿り着けてしまう。

 

 

時刻は分からないが、鉄二の体感的には日が変わるか変わらないかの頃――。

 

 

暗闇の中に佇むゆゆの家からは人の気配は感じられなかった。

 

 

すなわち、ゆゆは眠っている。子供もだ。

 

 

東京都は違い、山間の集落。

 

 

田舎も田舎のこの村では各家の戸締りの習慣はない。

 

 

外からやってきた余所ものの家は別かもしれないが、ゆゆの家は鉄二が考えたとおり鍵はしていなかった。

 

 

酔った体で侵入してもすぐにぶつかってはころび、大きな音を立ててしまう。

 

 

辛うじてそれだけは心配できた鉄二は這いつくばるようにしてゆゆの屋内へと侵入した。

 

 

家族三人で暮らしていたとはいえ、いくつも部屋があるような立派な家ではない。

 

 

三和土を上がってすぐの部屋に敷かれた布団を見て、そこにふたりが寝ていると鉄二は思った。

 

 

ずり、ずり、と畳に泥をこすりつけながら匍匐前進の恰好で近づいたところで、鉄二は不審に思った。

 

 

布団はひとつ。そこにすやすやと赤ん坊が寝ている。

 

 

だがゆゆがそこにいない。

 

 

「……どこだぁ~……ゆゆはぁ」

 

 

つい声を出してしまう鉄二だったが酔っているため構わずにあたりを見回す。

 

 

「まあいいや……こいつを殺せばぜんぶまるく収まるんだ……」

 

 

こくりこくりと頭を振りながら、半開きの瞳を凝らして赤ん坊を見つめる。

 

 

赤ん坊はつきたての餅のような真っ白で弾力のある頬をふたつ並べて、愛らしく眠りにこけている。

 

 

それを見つめながら鉄二は「俺の子なんだよなぁ?」と赤ん坊に問いかける。

 

 

赤ん坊は答えない。

 

 

だが返事の代わりとばかりに、むにゃあ、と寝言を漏らした。

 

 

親心が芽生えるはずないが、自分の血を分けた子供だと思うと酩酊していても愛しさを感じる。

 

 

皮肉にも赤ん坊を前にして、酔いが殺意の邪魔をしたのだ。

 

 

「父ちゃんな、お前を殺さなきゃなんないんだとよ。参ったなぁ、そんなのやだよなぁ」

 

 

しゃっくりと交えながら鉄二は赤ん坊の頭を撫でた。

 

 

手についた泥が赤ん坊の髪につく。

 

 

「ごめんなぁ、敬介。ごめんよ……」

 

 

そのまま手を赤ん坊の首へと運び小さな小さな首を掴んだ。

 

 

「てっちゃん」

 

 

突然、名を呼ばれ鉄二は腕に込めた力が緩まった。

 

 

振り返ると人影がくっきり認め、それがゆゆだと分かるのに時間はかからなかった。

 

 

「もう大丈夫だよ。そんなことしなくて」

 

 

カチャン、と畳になにか落ちた。

 

 

無意識にそれを目で追うが暗くてわからない。

 

 

「お父さん、ずっと神棚に『ノミ』を大事にしまっていたから、役に立ったよ」

 

 

「え……?」

 

 

正気でないおかげでなにに対しても驚かない鉄二だったが、同時に理解力も著しく低下している。

 

 

そのため、ゆゆの言っている意味が理解できなかった。

 

 

「てっちゃん。その子は『死なない』よ。でもね、悲しまなくていいの。わたし、てっちゃんを悩ませるものを消してきたから」

 

 

「悩ませる……もの?」

 

 

睡魔が襲う。

 

 

飲み過ぎの代償が今になって鉄二を覆った。

 

 

「眠い? じゃあ、わたしだけで『還してくる』ね。実の親子だし、それが自然だよね」

 

 

ゆゆの声が次第に遠くなっていく。

 

 

鉄二はそんな朦朧とした意識の中でも確かな思いを抱きながら気を失った。

 

 

――敬介を殺さなくてよかった。

 

 

 

 

-45-へつづく

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